
当時、私には4年間付き合っていたセフレがいました。
彼女は関東にある中核病院の循環器内科に勤務するドクターです。
私は、関西に本社を置く一部上場の製薬メーカーの研究開発部門に勤務し、約10年間に渡って血栓症治療の新薬開発に携わっていました。
前臨床、いわゆる動物実験が終了し、全国の大手主要病院を対象とした治験が開始され、私は、彼女が勤務する中核病院で実施される治験を担当することになったのです。
その頃、私は家内と2人で関西に住んでいました。
息子達は既に私達のもとから離れ、それぞれに暮らしています。
治験の開始当初は、関西と関東を頻繁に行き来していましたが、2ヶ月が過ぎ、治験が軌道に乗り出すと、本社から、彼女が勤務する中核病院近隣にある支社への単身赴任が命じられたのです。
支社の近くには、当社が独身寮として借り上げているアパートがあり、治験が終了するまでの間は、そこが私の生活の拠点になると言う訳です。
通常はアパートから支社に出社し、そこから、治験に関する情報等はオンラインで本社に報告していました。
月に1度、治験に関する定例会が開かれるのと、それ以外にも本社との細かな打ち合わせのために、だいたい月に2、3回は本社の方に出社していたので、関西の家にはそれくらいの頻度では帰っていました。
彼女を初めて見掛けたのは、治験が始まる半月ほど前でした。
治験開始に先立って、実施施設への挨拶のため研究本部長に同行し、彼女が勤務する循環器内科の教授室を訪れた時でした。
教授室には、教授の他、彼女ともう一人若い男性の助教が同席していました。
彼女の正式な肩書は循環器内科の准教授と言うもので、言わばこの医局のナンバー2です。
一通りの挨拶と紹介が終わると、私は彼女に連れられて病院内を見て回り、彼女から治験に関係した施設などの説明を受けました。
教授と本部長はそのまま教授室に残り、きっと二人で治験に要するお金関係の話でもしていたのでしょう。
彼女は42歳、一度結婚に失敗し、当時は勤務先の病院から車で20分ほどの所にあるマンションに1人で暮らしをしていて、病院までは毎朝車で来ていると言っていました。
ぱっと見はスレンダーな体形なのに、その割に胸は大きく、腰回りもどちらかと言うとしっかりしている方です。
全体的にスレンダーに見えたのは、きっと足が長くスラっとしていたからだと思います。
後で知ることにはなったのですが、服を脱いだ彼女の体は、まるで、ギリシャ時代の絵画にある女神ように豊満で、その変容には驚かされるばかりでした。
顔は日本人と言うよりもハーフぽく、目鼻立ちがクッキリとした、まあ美人の類でしょう。
半月後から開始される治験は、教授からの命を受け、事実上は彼女が取り仕切ることになります。
したがって、この治験の病院側の窓口は彼女で、会社側の担当が私と言うことになります。治験が始まれば、否応なしに彼女との接触は多くなる訳なのです。
ひとしきり彼女からの関係施設の説明が終わると、一旦私達は教授室に戻り、そこで暫く談笑した後、教授と彼女、本部長と私の4人で、近場の料亭で会食です。
俗に言う接待と言うやつです。彼女は医局の中では「蟒蛇と呼ばれているほどの酒豪だ」と教授が言っていましたが、彼女は車だったので、勧めたのですがお酒は飲みませんでした。
接待は教授の都合で19時でお開きとなり、教授をタクシーで送り出した後、本部長も明日、重要な会議があるとのことで、そのまま料亭からタクシーで出て行きました。
私が、電車でアパートの最寄り駅まで帰ろうとしていると、彼女が「よかったら、送りましょうか」と声を掛けてくれました。
私は恐縮には感じたのですが、今後の治験でのお付き合いもあったので、断っては逆に失礼と思い、彼女の言葉に甘えることにしたのです。
料亭から病院までは、徒歩で10分ほどです。途中にある公園を通り抜けると病院です。
初夏の夕暮れで風が気持ちよく、薄暗い公園の小道を街灯がオレンジ色に照らしています。
雰囲気としては申し分ありませんでしたが、彼女はこれから治験を依頼する病院のドクターと言う立場の人なので、その時私の中には如何わしい考えは全くありませんでした。
しかし、彼女の方は満更でもないと言った感じで、色々と話し掛けてきます。彼女はとても楽しそうに見えました。
その時私は46歳でした。彼女と交わした会話の中には「お子さんはいるんですか?」と言った彼女からの質問もあり、私は「3人います」と答えていたのです。
また彼女がバツイチで一人暮らしだと言うことも知りました。
この時の会話で、2人が置かれているそれぞれの境遇は、お互いに既に分かっていました。
病院の駐車場に停めてあった彼女の車は、何とジャガーでした。
全く驚きでした。
アパートの前まで送ってもらった私は、車を降りると「後日改めて、治験の実務についてのご相談に伺いますのでよろしくお願いします」と言って、その日は彼女と別れました。
治験が始まると、彼女と会う回数は日に日に増えていきました。
最初の内は殆ど、私が病院に出向き医局の面談室や応接室で会っていたのですが、その内、外の喫茶店やレストラン、はたまた例の公園のベンチでコンビニで買ったサンドイッチを食べながらと言ったように、二人の仲はあっと言う間に接近して行き、一線を越えてしまうのは時間の問題となっていったのです。
そして遂にその日がやって来ました。
いつものように、治験に関する報告書の相談で医局の応接室で二人で打ち合わせをしていたのですが、その日は随分遅くなってしまい終わったのが23時を回っていました。
何時ものように彼女が送ってくれると言うので車に乗ると、彼女は私のアパートではなく自分のマンションに向かったのです。
当然私も何時もの道とは違うので分かっていました。
家内には申し訳ないと思ってはいたのですが、彼女の醸し出す何とも言えない色気の前には私の理性などは無いに等しかったのです。
彼女に誘われるままマンションに入り一夜を共にしたのです。
それ以降、彼女とは月に2、3回は情事を交わすようになりました。
彼女とのセックスはとても濃厚で彼女が翌日非番の時などは、行為は明け方まで続きます。
彼女は私をとても大切に思ってくれていました。
私もそうした彼女の献身が可愛くて仕方ありませんでした。
しかし、二人の間には一つの暗黙の了解があったのです。
それは、お互いの生活を尊重し壊さないと言うものです。
彼女には教育があり普段はとても理性的でしたが、私とのセックスはとことん貪欲でした。
一度結婚し、失敗していた彼女はきっと寂しかったんだと思います。
二人のこうした関係は治験が終了するまで4年間続きました。
治験終了後、私は本社に戻り彼女との性生活にはピリオドが打たれたのです。
最後の時、彼女は4年間ありがとうと言ってくれました。
あれから20年が過ぎ、私は既に退職しています。
彼女が今、如何しているのかは知る術もありません。
幸せに暮らしていることを祈るばかりであります。


