【略奪愛】貫くためには、まず何よりも忍耐が必要。

略奪愛

 

私が初めて彼に会ったのは、学校を卒業して喫茶店に勤め始めた時でした。

友人に誘われ、なんとなく喫茶店でアルバイトを始めたのですが、彼はその喫茶店のオーナーでした。

 

 



一回り年上で、私にとっては大人の男の人に感じられ、とても頼もしく思えました。

 

一緒に働くうちに、その人柄に惹かれ、生まれて初めて人を好きになりました。

彼に対して恋心を抱き、些細な会話や冗談を言い合う機会も増えた事で仕事が終わってから私を食事に連れて行ってくれるようになりました。

そして、そのうち飲みにも誘ってくれるようになりました。

 

だんだん親しくなっていった頃、一緒に勤めていた友人から、「あの人、奥さんいる人だから、ダメだよ」と注意されましたが、もうその時には気持ちを抑えることができなくなっていました。

 

止められませんでした。

二人の愛は深まっていくばかりでした。

 

奥さんはいいところのお嬢さんで、とても怖い人だと聞きました。

どうも二人は上手くいっていなかったようで、悩みながらも彼と楽しいひとときを過ごしていました。

 

そんなある日、彼から突然プロポーズされました。「妻とは別れるから、一緒になってほしい」と懇願されました。

 

私も誰よりも彼を愛していたので、周囲の反対を押し切って、とうとう一緒になりました。

 

彼が別れを切り出すと、奥さんはプイと家を出て実家に戻られたそうです。噂通りの恐ろしく気位の高かった人のようです。

 

それよりもお姑さんからの反対がものすごかったです。家の前に生ごみを撒かれたり、庭の花を引き抜かれたり、生卵をぶつけられたり、ありとあらゆる意地悪を繰り返しされました。

文句も四六時中聞かされるので、なるべく顔を合わせないようにしていました。

 

私はただひたすら耐えて、彼についていきました。彼が事業を大きくしたいと心から願っていたので、二人で一生懸命働きました。

 

途中資金繰りに困って、夜逃げをしなければならないかもと思った時期もありましたが、いつのまにか10年が経ち、5軒の系列店を持てるまでになりました。

 

そして二人で念願の家を建てられるほどになりました。お姑さんはその頃身体が弱ってきていて同居を望んでおり、新居に和室を作ってくれと頼んできました。

私は絶対に作らずに全部洋室にしました。数々の恨みがどうしても忘れられなかったのです。

 

事業が上手く行き出してから、ようやく子どものことを考えられるようになりました。なかなかできない体質だったのですが、病院に通って治療を受け、2人の男の子に恵まれました。

主人によく似た男の子たちです。

 

事業と子育ての両立は大変でしたが、周囲の人たちに手伝ってもらいながら、なんとか主人と二人三脚で、さらに働き続けました。

 

20年経った頃、店は10軒になっていました。 息子たちも少しずつお店を手伝ってくれるようになり、高校生になるとお小遣いほしさにアルバイトをしてくれるようになりました。

 

子どもたちが大きくなるとヒヤリとしたことが立て続けにありました。長男に喫茶店の店長を任せた時、シングルマザーの従業員と恋に落ちました。

 

この時は次男と共に相手の女性のところに乗り込み、全力で二人の仲を裂き、別れさせました。

 

そのときのことをよく憶えているはずなのに、次男は大学生の時に、従業員と駆け落ちして、遠くに逃げたことがあります。

 

その後、次男はなんとか戻ってきてくれて、主人の下で働いてくれるようになりました。

 

二人とも若い頃にはいろいろな誘惑があり、困りました。

 

今では二人ともそれぞれ結婚して、子どももいますが、落ち着くまで本当にハラハラしました。

 

正直私の血が息子たちに悪影響を与えたのかと怖くなったこともあります。

 

何年か前に会社組織となり、主人が社長、私は副社長に就任しました。事業は危ないこともたくさんありましたが、家族皆で乗り越えて、なんとかここまでやってこられたのだと思います。

 

主人が70歳になったとき、社長職を退きました。長男が社長、次男が副社長を務めてくれるようになりました。跡を継いでくれてほっとしています。

 

子どもたちに無事にバトンを渡せたときに、改めて今の主人と結婚してよかったなと心から思いました。

 

最初は略奪愛から始まりましたが、その後結局は普通の結婚と同じような道をたどっているのではないのかと思います。

それもより苦労をしながらの結婚生活でした。 前の奥さんから主人を奪ったことを後悔したこともあり、悪いと思ったこともありました。

 

特に不運に見舞われたときなどは、特にそう思いました。

 

お姑さんは最後まで私のことを許してくれず、認めてくれなかったけど、主人は私と一緒になったからこそ、これだけ事業を大きくできたのだと自負しています。

 

逆に困難がなかったら、二人でここまで頑張れなかったかもしれません。

 

一度主人が不倫をしたことがあります。

 

「私というものがありながら、いったい何なの」と、とても腹が立ちました。

私たちが不倫から愛をはぐくんで、略奪した末に結婚したのに自分がされるとどうしても許せなかったのです。主人がすぐに謝ってきたので、今もなんとか結婚生活が続いています。

 

でも思い出すと今でも怒りがこみ上げてきます。その過ちは一生消えることがないのです。残念ながら裏切られた悲しみや悔しさを抱えて、これからも生きていかなければならないのです。

 

「略奪愛」を貫くためには、まず何よりも忍耐が必要です。

その忍耐を継続し続けることで、結婚生活が持続するのです。息子たちの恋愛に関しては過敏になりました。やはり普通の結婚をしてほしいというのが親としての願いです。

 

他人を困らせたり、恨みを買ったりする結婚は私たちだけでおしまいにしてほしかったのです。

 

それにしても、最後まで責任を持って添い遂げることができるのなら、たとえ最初の出会いが間違っていても許されるのではないのかと思います。

 

それから、たとえ「略奪愛」で結ばれても、再び不倫をされるということがあります。

 

いつまで経っても油断は禁物だし、手綱をきちんと握ってなければなりません。

 

そして、最終的には不倫した主人を許す度量も必要です。「略奪愛」だから特別ということは何もありません。それが最終的な私の気持ちです。

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